アルコール依存だと思っていたら酒乱だった父と高校時代の私の葛藤の話し

こんばんは、クフコです。

今日はTVでアルコール依存症の話題を目にしたことで、父がアルコールに溺れていた頃を思い出した。

なかなか自分から思い出す事もないので、今日は父とアルコール、私の高校時代の葛藤を書いてみたいと思います。

 

スポンサーリンク

アルコール依存だと思っていた理由

 

私の父は、私が物心付いた時からお酒を飲んだ時に「いつもと違う父」になる事がありました。

いつもと違う父がいつの日か「お酒を飲んだら毎晩人が変わり暴れる父」になりました。

父とアルコールの関係について母や親せきが「アルコール依存」だと言っていたため、私も父とアルコールの関係は「アルコール依存」だと思っていました。

今思えば、単純に「アルコールを毎日飲む」行為だけで「アルコール依存」だと思ってしまったのだと思います。

父は確かに毎日アルコールを飲んでいましたが、アルコールをまれに飲まない時もありました。

母が遠く離れた実母(私の祖母)が倒れた時、実家に行きしばらく家にいない時がありました。その時父は一切アルコールは飲みませんでしたから・・・。

そして、普通に「お酒好き」だっだと思います。

でも、アルコールを飲むと人が変わってしまっていたので専門的な知識がない親せきや、母、私は「アルコール依存」だと勘違いをしていたのです。

 

アルコール依存と酒乱の違い

 

アルコール依存とは

  • アルコールを飲む量やタイミング、時間などのコントロールができなくなる
  • 自分でも飲むことは良くないと理解していてコントロールがきかなくなる
  • 意思が弱いからなってしまうのではなく医療機関で治療が必要な病気である

 

酒乱とは

  • 酒に酔ってあばれること
  • 酒に酔うとあばれる癖

 

アルコール依存と、酒乱では全く違いがあります。

 

違いはありますが、病院へ行き相談することは同じだと思います。

 

スポンサーリンク

 

高校時代は暴れる父をとめることしかできなかった私

 

私はどうして父が暴れるのか?

私はどうしたらいいのか?

私自身の気持ちはどこにやればいいのか?

毎日が葛藤でした。

が中学生までは夜は恐怖でしかありませんでしたが、高校生になると

「長女だからなんとかしなければ」

と言う気持ちになり、父を止めに入ることが多くなりました。

母はと言うと、私が寝室からでて止めに入るとすっといなくなり自分の寝室に戻っていました。(私はもともとすぐに理解できない事が多かったのでこの母の行動には意味があった事を私自身が母になり悲しい事実を知ることになります。)

私は、父が暴れるのを必死に止めに入る日々。

誰にも相談できないし、相談をするという行為すらおもいつかなかったのです。

そして、自分の心を守るために「これを普通」ととらえるんですよね・・・。

暴れたら止めに入る・・・この繰り返し。

高校生の私にはこれ以上の事も思いつきませんでした。

今は大人になり、いろんな相談機関があり調べる事も出来、行動もできる行動力もできました。

でも、子供の頃と言うのは私の場合親である「母頼み」でした。

でも、その母も現実は自分の事しか考えられない人だったため、私は子供心に意味がわからないまま自分を責め、また家族は私が守らなけらばと言う変な責任感を覚えました。

私の葛藤は、父が病で倒れるまで続きました。

 

最後に

 

気分大丈夫ですか?

記事を読まれて色々思い出して気分が悪くなったりしませんでしたか?

 

私はその後自分の育った環境が

「家庭機能不全の家」

(ウィキペディアより 家庭機能不全

であると知ることになりました。

 

でも、色々辛いながらも時期により回復の過程を通り今に至ります。

 

またその過程も書いていけたらと思っています。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

スポンサーリンク

Posted by クフコ